外側の何かが私を満たしてくれるわけではない。

気持ちが落ちたり、疲れているときほど、私は、外に出て、カフェにいきたくなる。

最初の一回目、二回目は、「はぁー、美味しい😍」って感じて、ホッとする。

良いリフレッシュになる。

でも、それに慣れてくると、

気分が悪くなる→とりあえずカフェいこう。となる。

惰性で。

そして、スマホ触りながら、コーヒー飲んで「あれ?カフェで過ごしてるのに、思ったより気分が変わってない」と思ってる😅

至福のコーヒータイム☕️

私がほしかったのは、

少しでも気持ちが上向きになる感覚なのに

それを味わうことを忘れて、

「カフェでコーヒー☕️飲めば、気分良くなるんでしょ。」って

短絡的に、目に見えるものや行動に結びつけてたりする。

自分をのんびりさせてあげたい

気持ちをリラックスさせてあげたい

その願いを叶えたくて

コーヒーを飲むって行動が出てきた。

そこで、本当にほしいものを忘れて、コーヒーを飲む行動だけ意識してると

自分が望んでいた感覚を味わうことをすっぽかす。

外側にあるものを使って、

気分をあげたり、

自分を喜ばせることが悪いわけじゃない。

でも、

外側のものありきで、

それに頼らないと気分が上がらないと思ってしまうのは

なんかチグハグ。。。

「外側の何かがないと、私は満たされない」と

自分の力を外に預けてしまうんだと思う。

ここまで、書いてきて、奇跡のコースのレッスン128を思い出した。(奇跡のコースとはエゴを解体して、この世界の見え方を変えていく心のトレーニングの本。めっちゃ難しいけど、心理学を学んだときに読むようになった)

レッスン128は「私が見ているこの世界には、私が望むものは何もない」という教え

私の言葉で書くと、

この社会で、私が価値あると思って、握りしめてるものは、ガラクタにすぎない、ということなんだと思う。

私は、

美味しい食べ物食べるとか。

お金をいっぱい稼ぐとか

それがあれば幸せになれると執着している。

コーヒーがあれば幸せになれるっていうのと同じ。

でも、コーヒーは血糖値を上げてはくれるけど、本当の意味で救ってくれるわけではない。

何をしても気分が上がらないとき、

「外の世界に、私の望むものは何もない」と

あきらめるのがいいのかもしれない。

外に探すのを止めると、

内から始まることを思い出す。

今は、目に見えるカタチにしがみつきたくなる私をリセットさせるチャンスかも。

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えみ
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