私はとても面倒くさがり。
やりたいと思ってから、実際にやるまでに時間がかかる。
優柔不断すぎて決められない
例えば、気になる服があったら
1.オンラインショップで調べて在庫を確認する
2.実物をみて決めよう
3.店に行ってチラ見する
4.「あれやっぱり良かったな」と思い返す
5.また別の日に行ってようやく試着する
ここまでしても、「本当に欲しいの?」「わざわざ買わなくてもいいんじゃない?」とためらったりする。
金欠だからお金を出し渋っている時もあるけど、たとえ手元にお金があったとしても大体同じプロセスを辿っている。

我ながら、ほしい→買うまでに時間をかけ過ぎている。
時は金なりというけれど、悩んだ時間をお金に換算したら、けっこうな金額かさんでいる。
悩んでいるうちにほしかったものが売り切れることもしばしば。
去年は、アクセサリー、洋服、コンサート、講座などの機会を逃してきた。
この先延ばし癖。
ほんとうは「面倒くさがり」ではなく「怖がり」なのだ。
失敗したらどうしよう。
無駄になったらどうしよう。
恥かいたらどうしよう。
他人に迷惑かけたらどうしよう。
だから情報を集めたり、準備に時間をかける。
そして、確実にうまくいく未来を想像できるときしか決めない動かない。
洋服だったら、今度着る機会がありそうだなとか。
コンサートだったら、聞きたい曲やってくれそうだなとか。
(実際、うまくいかなかったところで、たいした害はないんだけれど)
保証された未来は、安心と引き換えに退屈をうむ
よくよく考えてみると、「うまくいく未来」って、安心だけど少し退屈なんじゃないか。
ゲームで言えば、「1発でクリアできる状況」ってつまらない。
一発で倒せるモンスターとか、すぐ興味なくなっちゃう。
うまくいかなかったガッカリ感。
次こうやってみようの工夫。
そういうプロセスがあって感動したり達成感につながったりする。
だから、うまくいかない残念さもドラマを盛り上げるエッセンス。
最初から最後まで順風満帆だけのドラマがつまらないように。
物語の中で起きるトラブルや紆余曲折が面白かったりするのだ。
もちろん、思い通りに上手くいくことは、嬉しい。
でも、失敗することだって財産なんだ。
結果がわからないことが心を躍らせてくれる。
損をしたり、思い通りにならないことも楽しいのだ。
やりたい→(どんな結果になるか不安)→やる
()内の気持ちを大事にしすぎると「やる」までがどんどん遠くなる。
結果がわからないことに対して、不安や恐れが出てくるのは、たぶん消えない。
それよりも、自分のやりたい気持ちを実行できることに重きをおいていきたい。


